裁判について
裁判とは次のようなものです。
1 訴訟で正しい者󠄁は必ず勝つか?
相談者の方で、「先生。私は必ず勝ちますよね。」と言う人がいます。
私が「どうしてそう思うんですか。」と尋ねると、その人は「だって、私は正しいんですから。相手のほうが 悪いんです。だから、私は必ず勝ちますよね。」と言うのです。
私が「でも、裁判官にはあなたが正しいかどうかわからないんじゃないですか。」と言うと、その人は、「いや、裁判官は私が正しいと必ずわかってくれます。」と言うのです。
私が「あなたが法廷で、『裁判官、私の目を見てください。私は本当のことを言っています。』と言えば、裁判官があなたの目を見て『おう、そうじゃのう。お前は嘘を言うような顔はしていない。お前の言うことが正しいんだね。』とでも言ってくれると思っているんですか。
そんな印象で決まる裁判だったらえらいことじゃないですか。」 と言うと、その人はうなだれて、「そうですよね。」と言うのです。
私が、「あなたは裁判官が普通の人と異なって特別の能力を持っていると誤解しているのではありませんか 。裁判官もごく普通の人なんですよ。司法試験は知識を試す試験ですが、知識をたくさん持っているからといって何が正しいのかを見抜く力を持ってるとは限りません。裁判では正しい人が必ず勝つとは限らないんですよ。」と言うとしょげかえってしまいます。
2 裁判官による証拠の評価
訴訟では争いがある事実についてはいずれが正しいかは証拠で認定することになっているのですが、その証拠が事実の認定にどれほど寄与する力を 持っているかということを「証拠の証明力」といいます。
証拠の証明力の評価」は裁判官の自由な心証(認識)によることになっており、これを「自由心証主義」といいます。
裁判官の自由な心証」ということは、裁判官が恣意的に認定してよいということではなく、経験則に基づく合理的な認定を要するのであり、経験則に基づく合理的な範囲を逸脱した認定は自由心証主義に違反することになります。
1で述べましたように、正しいからといって訴訟で勝てるわけではありません。
正しい主張を「経験則に基づく合理的な認定」として認めてもらうためには、必要な証拠も整えて、その証拠と対比して、「誰が考えても『そういうことであればそうなんだな。』 と思ってもらうようにしなければならない。」のです。